リアホナ2007年6月号奉献された神戸伝道本部──日本伝道の歴史的転回点を感じさせた奉献式

奉献された神戸伝道本部──日本伝道の歴史的転回点を感じさせた奉献式

5月13日(日)午後6時より神戸ワードで催された神戸伝道部と伝道本部オフィスの奉献式に,関西地区の5人のステーク会長をはじめとする会員たちが集った。アジア北地域会長会のエバンズ会長,実務ディレクターのリッチ兄弟,新たに責任を受けたバルテン・J・タッカー神戸伝道部会長夫妻,日本広報ディレクターのデビッド・F・ロバートソン夫妻がともに集い,式典は進められた。ロバートソンご夫妻は,かつて神戸伝道部の伝道部会長として奉仕した経験も持つ。

東京南伝道部会長から,神戸伝道部会長の責任へと移行したタッカー会長は,伝道本部の台所に飾ってあるカートランド神殿の絵を引き合いに出しながら思いを述べた。「教義と聖約第88章には神殿について書かれています。伝道本部は神殿ではありませんが,この場所で,神殿のように宣教師は訓練を受けます。また,伝道本部は人々が導かれる機会を提供する場所にもなります。この場所は,祈りの家になり,断食の家になり,神殿に備える家ともなるはずです。」

奉献の祈りをささげるに先立ち,エバンズ会長はこう話した。「今日の出来事を日記に記してください。普段,日記をつける習慣がなかったとしても,今日のことだけは記してください。感じたこと,学んだこと,心の中に残った印象を記してください。もし,記さないならば,良い集会に出席したというだけで終わってしまいます。今日行われたことは,非常に歴史的な出来事です。」そして,御霊を受ける方法について分かち合った。

「わたしが名古屋伝道部で伝道部会長に召されていたときのことです。金沢を訪問していたわたしのもとへ,東京の地域会長から連絡があり,翌日,東京の本部へ来るようにとのことでした。2月の寒いころでした。大雪で遅れることを心配して,鉄道を利用することにしました。ところが,予想以上に雪が多く,敦賀で列車は止まり,わたしは翌日の朝までその列車の中にいなければなりませんでした。翌日,なんとか米原まで行くことができ,神戸から同じように上京するロバートソン伝道部会長と合流しました。わたしたちが東京へ到着すると,地域会長会から神戸伝道部が閉鎖されることを知らされました。しばらく沈黙がありましたが,そのとき,ロバートソン伝道部会長の示した信仰はわたしを感動させました。ロバートソン会長は『主の御心であればなんでも受け入れます』と答えたのです。

その後,わたしは地域会長会に加わり,主の御心を伺ってきました。よく考え,祈ってきました。教義と聖約第9章には,御霊を受ける方法について書かれています。ここに記されているように,わたしたちは『心の中でそれをよく思い計』ってきました。英語では『study』と記されています。直面している問題について,よく学び,自分でできる最高の考えを使って,それが正しいかどうか天父に尋ねるのです。それが御霊を受ける方法です。」「あるとき,関東地区の10人のステーク会長との集会がありました。その集会ので,わたしは神戸伝道部を開くことは主の御心だと強く感じました。また,関東地区が一つの伝道部によってまとめられることについて思いが浮かび,それを10人の会長も受け入れてくれると感じました。さっそく,地域会長会の高長老と山下長老に話しました。わたしたち全員が『これは正しいことです』という気持ちで一致しました。アメリカで十二使徒のアイリング長老とクリストファーソン長老に会い,神戸伝道部を開くことについて話しました。お二人とも『これは正しいことです』と言われました。そして,この変更にかかわる4人の伝道部会長も一致して賛成してくれました。神戸伝道部を開くためには,4人の信仰の強い伝道部会長と,信仰の強い宣教師が必要でした。これは,神戸だけの出来事ではありません。関西の人々のためだけのものでもありません。神戸伝道部を開くことは,日本のために行われました。

ぜひ,自分が教会員であることを友達や親戚に伝えてください。これによって,友達を失うことはなく,逆に友達との関係が強まることを約束します。教会から遠ざかっている人がいるならば,御霊を感じたときに,ぜひとも連絡を取ってください。」

最後にエバンズ会長により日本語で奉献の祈りがささげられた。その間,礼拝堂は静けさで包まれ,会員のすすり泣く声が響いていた。神戸伝道部が開かれたことは,関西地区の伝道だけではなく,日本全体の伝道活動に大きな祝福をもたらすものになると,強く感じさせる奉献式であった。◆