リアホナ2005年|自身を幸せにする「要素」を満たすため仕事/家庭/教会で明確な目的をもって働く

自身を幸せにする「要素」を満たすため仕事/家庭/教会で明確な目的をもって働く

平野拓也兄弟 東京ステーク市川ワード

平野拓也兄弟は,間もなく転職して働くことになる,IT関連の大企業が入居しているオフィスビルのロビーに姿を見せた。190センチほどもあろうかという堂々たる体躯,体を動かすことがとにかく好きだという。

北海道に生まれ千葉県に育った平野兄弟は,高校卒業後,当時の大阪伝道部で専任宣教師として奉仕。帰還後,ブリガム・ヤング大学で国際関係学を学び,まず日本の商社のアメリカ現地法人に就職する。その後,従業員3000人ほどのIT関連企業に転職し,ほどなく日本支社へと配属されて帰国する。その1年半後には日本支社を任され,社長として5年ほど経営に携わるも,思うところあって最近辞職したところである。

アメリカと日本での労働観の差を目の当たりにしてきた平野兄弟は,働くことを巡る日米の文化の違いから話し始める。

「組織というのは目的があって集まった人たちが仕事をして,そこで結果を出したり収入を得たりするところです。アメリカの場合はその会社としての目的も明確にありますけれど,そこに働く個人の目的もすごく明確にあると思うんですね。何のために働くのか──お金のためとか,得た収入を趣味に生かすためとか,家族と何かをするためとか,そう割り切って働くわけですね。ただしその目的のベースにはキリスト教の倫理観があります。何らかの原則に基づいて,人生を楽しむとか豊かにするとか,幸せを勝ち得るとか……。会社の側もある一定の時間や仕事の枠組みの中で目的を達成できればいいというところがあって,そこに個人の評価があったり成果別に報酬が与えられたり……。

一方,日本に来ると,やっぱり高度成長期のノリがあるわけです。みんなで頑張ってみんなで一緒に何を達成しなくちゃいけない,といったような。自分の仕事もあるけれど,周りの目を非常に気にしながら働いてみたり。まじめで丁寧な仕事をするのはとても良いことですけれど,大多数の意見を大事にして非常に時間をかけて仕事したりする。だから自身の幸福のためというよりも,ただ『仕事は仕事だから仕方ないんだよ,お前,黙ってろ』みたいな……働いている人もその目的が分かっているようで分かっていないんじゃないでしょうか。例えば収入を得ること,それで生活を立てること,社会人として立派にやること,会社に貢献すること……でもそれは自分自身の目的じゃないような気がするんですね。ある50代の男性が言っていました。『今,子供を3人大学に行かせているんですけれど,育て上げたらみんな家を出ていってしまって,もう働き損のくたびれ儲けですよ,何の良いこともない』──それは義務でやっているからであって,自身の心から来る目的とは違うところにあるんです。」

日本人の働く意識も変化してきている。平野兄弟がかつて部下に昇進を提示したとき,「いや,ぼくは昇格させないでください」と言う。給料も上がるし部下も肩書きも付く,良いじゃないかと話すと,「ぼくはそんなのは要らないんです。今の悪くない給料で,技術の知識を学んで,定時には家に帰って家族と好きに過ごすのが幸せなんです」と答えたという。

平野兄弟自身,かつて社長業に忙殺されて家族や教会とうまくバランスが取れない時期があった。「土曜祭日は一切休めませんでした。仕事が面白くてのめり込んでしまったんです。そうして全体のバランスが崩れたとき,自分が幸せになるために必要な目的の要素は何だろう,すべてが得られるような理想の仕事は何だろうか,と突き詰めて考えたことが何度もあります。」平野兄弟の場合のそれは──知識を得ること,仕事上で考えて決断する過程に携わり,その成果を見届けること,生活レベルを保つための収入を得ること,子供が18歳になるまでに人生で幸福を得るための原則をしっかり教えること,若い人と交わって良い影響力を発揮すること,社会貢献感,家庭で満たされること,定期的に運動をすること,趣味のスキルの向上……。それらを平野兄弟は「幸せの要素」と呼ぶ。

「それを数え出して,ひょっとしてぼくは,こういった要素をすべて会社で得ようとしていたのかな,と思い当たったんです。大切なのはすべての要素をどこかで満たすことで──ぼくが幸せになるのに必要なこのABCの要素は今,会社から得られるな,でもDEFの要素は得られないから,ほかの所で得なくちゃならない。これは教会で得られる,これは家庭で得られる,これはどこで得られる……そうしたことにだんだん気づき出しました。」

仕事で一部の要素を突出して満たしたとしても,全体がバランスよく満たされないと幸福ではない。それを是正することはそのまま,ワーク・ライフバランスの実践にほかならなかった。それからの平野兄弟は「賢く働く」ことを心がけ,できる限りバランスの回復に務める。「やっぱり習慣で働いちゃいけないというのは学びましたね。意識的に考えながら考えながら,どこを切っていくか,どこに焦点を当てるか,どこを委任するか──そういったことが随分とできるようになりました。」スケジュールは改善され,休みも取れるようになった。そうして今回,転職するに至ったのも,「幸せの要素」に照らして働く目的や環境を総合的に判断した結果だという。

「別の会社でアジア太平洋地域を統括する副社長の職のオファーもありました。中国で仕事をしたいという強い気持ちはありましたけど,そうすると月の半分は出張になって家族と過ごせません。今選んだ職場は日本国内の仕事で,給料も若干低いけれど,中長期的にはこちらの方がいいんじゃないかと。賢い選択であればいいなと思いますけど。」◆