リアホナ2004年6月号 夫婦の履歴書 第6回 できることを,できるペースで

夫婦の履歴書 第6回 できることを,できるペースで

仙台伝道部夫婦宣教師―柏倉仁・朝子ご夫妻

ここ福島県いわき市の桜は東京に比べて10日ほど遅い。「いわきは東北のハワイなんて言われるけど,やっぱり寒いね,いちばん寒いときでマイナス3,4度くらいになるし」と柏倉仁長老は言う。太平洋に面しているので雪は少ないが,いつも風が強い。寒さは柏倉長老の血圧に良くない。ましてや朝子姉妹にとっても。

柏倉ご夫妻がいわきに赴任したのは2003年2月の最も寒い時期だった。ほんとうは前年の夏に行くはずだった。赴任直前の8月末に朝子姉妹が突然の脳出血で倒れなければ。一時は言語障害も起こし,懸命のリハビリの後も左半身に麻痺が残った。「もうなんかのろくさいんですよ,ゆっくりゆっくりしかできない… …」ゆっくりであれば身の回りのことは自分でできるまでに回復した。しかし家事まではできない。朝子姉妹の指示に従い柏倉長老が手足となってこなす。料理は姉妹との二人三脚である。「バンバン指示が飛んできますからわたしなんて機械のように作ってるだけです。伝道よりも料理の方が上達しました」と柏倉長老は笑う。

福島でゾーン大会が開かれる日は5時半起きである。食事と身支度をして家を出るまで1時間半かかる。帰宅して就寝するまでにまた1時間。それでもゾーン大会は車で行けるからまだいい。仙台伝道部の幹部書記に召されている柏倉長老は電車に乗って地方部大会に行かなければならない。青森・秋田・新潟・盛岡それぞれへ年2回ずつ夫婦で向かう。「注意事項がいろいろあって… …」乗り継ぎの時間が間に合うか,それぞれの駅のエレベーターやエスカレーターの位置,トイレの位置,食事の場所の見当… … 。「どこかに食べに行くって言ってもだ一っと歩いていけるわけじゃないからね。今まで当たり前だったことがだめなんだよ。秋田では猛吹雪で駅の向こう側へ行くだけでもタクシーに乗らざるを得なかった。」

それでも朝子姉妹にできることがある。柏倉長老が集会に出ている間,訪問先の地方部の人とじっくり話すのである。「ときどきちょっと寂しい方がいらっしゃいますので。この間はね… …80すこし越えたくらいの方。若い方は車ですぐなんでしょうけど,その方は電車ですので教会まで1時間ちょっとかかるところを頑張って集われている。そういう方ともお話しできるし。」朝子姉妹は少しのんびりと話す。麻痺が残っているのですらすらとはいかない。しかしじっくりと話を聞くにはいい。

「姉妹だけで子供を頑張って育てている,兄弟は単身赴任とか… …」「みんなが何らかの困難を抱えて一生懸命頑張っているんだけれど。」「だから何とか励まして差し上げないとと思いますねえ。」

若い宣教師たちを支えて

いちばん役に立っているのは若い宣教師たちを助けるっていうこと」と柏倉長老は言う。夫婦宣教師というのは自分がバプテスマするというよりは,若い宣教師を盛り立ててやったほうがいいと思います。」いわき支部の地域は広く,若い宣教師が自転車で回るのにはどうしても限界がある。そこで遠方のリフェローやレッスンのときは柏倉ご夫妻が車に乗せていく。彼らが安心して働けるように後方支援も欠かせない。病気になれば病院へ連れて行き,転任のときも何かと世話をする。その代わり,ハンデイがあって真冬に出歩けない柏倉ご夫妻のために,若い宣教師たちは夫妻のアパートの周辺をくまなく戸別訪問し,話を聞きそうな家の情報を詳細に地図に記してくれた。「彼らの気持ちはすばらしいね。だから若い人と一緒になってうまーくやるのがいちばん効果がある。」

炭火のように

地方部の抱える困難はどこも似ている。神権者が少なく責任で疲れ果てる,霊的な活力が失われている,結婚の問題,経済的な問題……。「取り出された炭のような感じですものね。燃える炭の中から一つだけ取り出しておいたら,だんだんだんだん火が消える……。元の所に入れりゃあまた燃えるんだけれど。」「それと同じ感じなんだ、ね。周りに同じような人がたくさんいれば,みんなで相乗効果で頑張れるんだろうけれど。……だからわたしはね,夫婦宣教師は地方の,比較的人数の少ない支部に日本中からたくさん出ていってもらいたいなぁと思う。そこで地元の人たちといっしょになってやれば……」「自分一人じゃないって思ったら,元気を出して頑張ってくれると思いますよね。」

ゆっくり,の効能

「 皆それぞれの理由があるのでしょうけれど,人間関係で教会へ来られなくなった方は多いで、すよね。そのときすぐに対処していればまだ大丈夫だったのが,今じゃなかなかほぐれないしこりになっている。……(教会に来ないことだけではなく,様々な問題に対 して)凝り固まった気持ちがあると,それを解きほぐすのはすごく時聞がかかるんですよね、それは簡単に出来そうもない。だからそこに、時間に余裕のある夫婦宣教師がいると,何度でもそこへ行って、その方の気持ちを聞いてあげて,気持ちをほぐしてあげることができるんじゃないかなあと思いますけど。まあわたしたちだったら時間がありますのでね……。」「同じ場所にずっといられるからね。」通常,伝道期間を通じてーつの任地にとどまる夫婦宣教師ならではの息の長い取り組みである。

「若い宣教師たちは短期決戦だから,チャレンジしてだめならすっ,と次へ行く。しかし我々だったら,また気持ちが変わるかもしれないとじっくり長ーい気持ちで待つことはできるんじゃないかなと思いますね。」

できることを,精いっぱい

「模範になるような,そんな特別なことは何にもない,できることをやっているだけなので……」と淡々と話す柏倉夫妻。「仕事の量から言うと普通の(夫婦)宣教師の半分,二人で一人分の仕事ができればいいって感じですよ。やっていることはほかの夫婦宣教師よりもぐーんとレベルが低いと思います……」「だから,精いっぱい……」「うん,精いっぱい頑張ったって言えるだけだね。」

しかし働きの量だけでは測れないものが確かにある。ゆっくりなペース,じっくり待ってくれることを必要としている人々もきっといる 。スロー・ライフが見直されている昨今,こんなスロー・ミッションがあってもいい。柏倉ご夫妻の持つ独特なリズムとベースを見ていると,そんな思いを強く感じる。北国の春は遅いけれど, 時が来れば一気に百花綬乱となる。

柏倉姉妹はゆっくりながらも決して消極的ではない。柏倉長老はこう評する。「いつも,今日は調子悪いからしゃぺらな いなんて言っといてさあ,終わったらぼ くの倍くらいしゃべっているんだ。何だろうなあ,って。(笑)