リアホナ2014年6月号 ─行動を選ぶ自由 Agency   起業家は,荒れ野に出ていく民です

─行動を選ぶ自由 Agency   起業家は,荒れ野に出ていく民です

自由で困難な道を主に頼って歩む─千葉ステーク会長 田渕裕哉 兄弟

「不自由だけど(生活が)安定した方がよいという方,手を挙げてください。(全体の6割程度が挙手)─その気持ちはよく分かります。では逆に,不安定だけど自由がよいという方は?(4割程度が挙手)」─2013年11月24日に千葉ステークセンターで,「起業家を目指す方へのフォーラム」というビジネスマン向けの,教会としては少し趣の変わった講演会が開催された。その壇上から千葉ステーク会長の田渕裕哉兄弟が呼びかけた“究極の質問”がこれだ。

田渕兄弟は1961年生まれ,かつては大手証券会社グループで働く有能なサラリーマンだった。40代を目前にした2000年に一念発起して独立・起業する。アメリカへの特許申請業務など様々な事業を手がけ,幾つかのビジネスモデルを確立した。現在は,自身の経験を基にした起業家育成コンサルタントとして「ビジネスオーナー養成講座」を主宰する。

「わたしはステーク会長として,皆さんに『起業家になってください』とも『ならないでください』とも申しません。(ただ,)一起業家としての経験を聞いていただきたいと思います。」田渕会長はそう前置きして,起業家としての考え方を話し始める。

起業家とは

「かごの中の鳥を想像してください。餌や水を与えられるので安定していますが,かごの中しか飛べません。野性の鳥は,かごがないので自由に飛べますけど,自分で餌を捕らなければなりません。天敵もいて殺される可能性もあります。さて,まだ安定がいいですか? それとも考えが変わりましたか?」

田渕会長は旧約聖書の出エジプト記を引用する。安定して不自由な奴隷の状態でエジプトにとどまるか,自由を求めて荒れ野に旅立つか。─「わたしたちは安定志向ですよね。聖典(出エジプト記)のイスラエルの民も非常に安定志向です。『荒野で死なせるために,わたしたちを携え出したのですか。なぜわたしたちをエジプトから導き出して,こんなにするのですか。わたしたちがエジプトであなたに告げて,「わたしたちを捨てておいて,エジプトびとに仕えさせてください」と言ったのは,このことではありませんか。荒野で死ぬよりも〔奴隷として〕エジプトびとに仕える方が,わたしたちにはよかったのです。』※1 ─しかしながら,起業家は荒れ野に出て行く民です。非常に自由ですが,不安定なんです。

(そして)起業家は常に失業中です。稼がなければならないのです。」確かに起業家は,売り上げを自分で常に作らなければ生計が成り立たない。一面において自由とは,先の見えない道を常に切り拓いていくきつい生き方とも言える。「弓が折れて食べ物が捕れないときは,預言者(リーハイ)でさえ不平を言うわけですから。※2 」

主に頼らざるを得ない

けれども田渕兄弟はあえてこう言う。「教会では試練が祝福ではないですか? だから,起業っていうのは祝福なんですよ。」

末日聖徒はあらゆることに主の導きを求める民であり,経済活動もその例外ではない。中央幹部はしばしば,福音の原則を仕事において実践して主の導きを受けた事例を語る。十二使徒のD・トッド・クリストファーソン長老は説教の中で,長老自身がかつて経験した経済的困難について語っている。「『わたしと家族の生活が脅かされることもあり,破産の文字が頭に浮かんだときもありました』と話されたところにびっくりしました」と田渕兄弟は言う。

「(クリストファーソン長老は)もう破産する寸前まで行ったときに神様にお祈りしてよく頼って……『当時は苦しい思いをしましたが,今振り返ると,問題が即座に解決されなかったことに感謝しています。何年もの間,ほとんど毎日神に助けを求めざるを得なかったため,どのように祈り,答えを受けるべきかを確かに学び,非常に実践的な方法で神を信じることを学びました』※3 とおっしゃっているんですね。

イスラエルの民は,神様を頼って,主の贖いの力を得て,奴隷という束縛から解放されました。起業家にはそれと同じことが起こっているんです。経済的な悩みというのはある意味で束縛です。利益を上げても税金を払わなければならないとか,黒字で利益は上がっているけどキャッシュ(税金や経費を除いた実質上の利益)がないとか,投資のための借金を返しながら利益を上げていかなければならないとか,そのような経済的に苦しい状況から主の力によって解放されたときに,喜びがあって,主が救い主であることがここでも分かります。起業家というのはこういう経験をするものなのです。

(ですから,)サラリーマンのときよりも,より主の助けが必要だということです。荒れ野でどうやって毎日の糧を得るか(お金を稼いでいくか),ニーファイが指示を受けたような導きが日々,必要なのです。

起業家は,誰かの役に立つと『稼げる』という仕組みになっているんです。『稼ぐ』というプロセスの中に,人との出会いがあったり,主に頼ったりというプロセスがあるのです。」

仕事について受ける導き

田渕ご夫妻の朝は早い。4時から5時には起きて,まずモルモン書を読み,それか

ら総大会の説教を一つ読んで,深く祈る。「そのときよく霊感を受けるんです。これを毎日行っています。このとき妻は別に聖典を読んでいて,6時半から7時頃になると夫婦で聖書を読んでいます。夫婦でお祈りをして,その後,散歩に出かけます。」

散歩をしながら田渕兄弟は伴侶の登美子姉妹とよく話をする。「教会の話とか,子育ての話とか……。次こういうことをやるんだけど,というときには相談するんです。」その対話を通して導きや霊感を感じることも多いという。

ごく最近あったことを登美子姉妹は語る。「あるとき兄弟が,『これをしたい』という仕事があったんです。(その頃)わたしは,下り坂をトットットットッと駆け下りて行く兄弟を後ろから一所懸命引っ張っている夢を見たんです。これは何か関係するかなぁ? と思って朝の散歩のとき兄弟に(夢の話をして),『この夢に意味があるかどうか分かりません。決定権はあなたにあるよ』と言ったんです。」

そして,田渕兄弟はその仕事を断った。この判断が正解かどうかはまだ分からない。しかし,田渕ご夫妻はそこに導きがあったと確信している。

また,数年前の5月のことを田渕兄弟は振り返る。「主の御業のために(一定期間,ステークの皆で交代しながら)断食と祈りを続けてきて,経済的にもピンチだったので仕事のためにもお祈りをしたんです。その(断食)期間の最終日に,その後の2年を支えてくれることになった,ものすごく良い仕事と出会ったんです。」

登美子姉妹が言い添える。「どうしても導きを受けたくて。わたしは絶対に先祖の助けが必要だと思ったんです。(それで)毎朝ずっと系図をやっていました。何百人という先祖を見つけ出してやっと終えたんですが,それが断食(期間)の終わりの日だったんです。今までも何回も経験があるんですけど,『自分たちができるだけのことをすれば,必ず助けてくださる』と。偶然ではない気がします。」

このような日々の導きを受けながら,起業してからの14年を走り続けてきた。

“行動を選ぶ自由”を使う

田渕兄弟は,起業する前のサラリーマン時代を振り返って,『会社の歯車から抜け出す方法』という本を2008年に上梓した。

「(サラリーマンは,)一般的に言って,『そこにいたら給料がもらえる』って雰囲気ですよね。時間をかけずに効率よく仕事をして定時に終えても,帰りづらい雰囲気がある。『早く帰ったらみんなが白い目で見る』みたいなことを考える。わたしが勤めていたのは長時間働くことが評価される会社でした。この本の中で言っているのは,『会社の中でも起業家の精神をもって働きなさい』ということです。歯車になって受け身で仕事をするのではなく,自分で(考えて能動的に)仕事をしていくことを提案しています。」

「わたしもサラリーマン当時は『時間を売っている』というイメージでした。こんな話があります。『レストランに入ったわたしたちは,長い時間待たされ,一向に注文を取りに来る様子がなかった。するとウエートレスの会話が耳に入った。「なぜ注文を取りに行かないの?」「だってあのテーブルはわたしの担当ではないもの。」彼女はただじっと立っているだけであった。』同じ時給をもらっているだけだったら,そう考える可能性がありますよね? すると,仕事は『我慢』,仕事が終わったら『よかったぁ』ということになります。わたしも日曜日の夜になると翌日の仕事のことを考えて,『ブルーマンデー』※4 になることもあったんですよ。」

今日,そうしたストレスから,職場で精神的な病にかかる人も増えている。しかし,田渕兄弟がフォーラムでの講演で使った資料にはこんな言葉がある。「起業家にワーク・ライフ・バランスという言葉はない。毎日18時間ほど働くなどということはよくある話だが,メンタルな病気になってしまったりするかというと,これがならない。なぜなら,人からやらされているからではなく,やりたくてやっているからだ。」

「起業家は,ここまでが仕事でここからが遊び,という感覚は一切ないのです」と田渕兄弟は言う。「基本的に『全部楽しくやっている』ということです。なぜかというと,全部自分で考えて,自分で行っているから。行動を選ぶ自由(Agency)を使っているから楽しいのです。

青柳長老のお話の中に,『「選択の自由」と言うと(Aを選ぶかBを選ぶか)ほんとうに狭い部分の自由意志のように感じますが,何をするにしてもわたしたちは,何でもゼロから自分で考えられる,幅広い自由があるように思います』※5 とありましたね。 起業家とは,まさにゼロの中からどうやってお金を生み出すかを常に考えていかなければならない状況です。試行錯誤しながら,常に目標を実現しようとしている。その過程で霊感を受けて自由意志を使う。

教会でも伝道でも,『こうしたい』というイメージがあって,どのようにするか霊感を受けて考えて……全部一緒ですよね。時給で働かされるのではなくて,神様に与えられた人生(という時間)の中で,自分で考え,導きを受けて良い働きができるという喜びです。」

働くことで,どのような人間になるのか

「起業家には時間を売っているという考え方はなく,『900円の時給で900円分以上の仕事をしたら損だ』という発想も一切ないのです。わたしたちは,成長するためにこの地上へ来ているんです。900円の時給で900円分の仕事をするより,1,200円分の仕事をした方が成長するんです。(世の)人々は,1,200円分の仕事をすると『損をした』って思うんです。しかし実は,損はしていないんですよ。差額の300円分は,目に見えない『信用』なんです。こういう良い働きをしていると,例えばレストランの経営者が引き立ててくれるかもしれないし,お客さんで来た他社の社長さんが『うちに来い』って言ってくれるかもしれないじゃないですか。今,与えられていることを一所懸命やって極めないと,道は開けないと思っています。」

「リアホナの記事にもありました。亡くなった父親の創業した会社を引き継いだものの,なかなかうまくいかない,祈っても導きを受けない。そうしたら夢に父親が現れて,『霊界では会社のことはどうでもいいことなんだよ。わたしたちが深く心にかけているのは,会社があることでおまえがどのような人間になるかなんだ』※6 と語ったというのです。まさにそれですよね。」

仕事の目的を見据えて

田渕兄弟は,これからの人生についての心づもりを語った。「『60歳になったら,絶対に仕事辞めてね』と妻は言っています。わたしたちの仕事には,定年がないんです。妻が一番心配しているのは,わたしが仕事をずっと続けたくなることです。わたしは仕事が好きなので……。仕事って魔力があるんですよ,『教会(での奉仕)をやめて仕事をしたい』という魔力が。『この仕事は天職だ』とずっと続ける人が多い中, わたしたちは,60歳までに(夫婦伝道に出るための備えの目標を)達成することにこだわっています。

もうちょっと頑張らなければならないですね。あと8年間(取材時52歳)仕事を通して成長し,また教会の責任を果たしながら,夫婦では良い関係を築き,そして子供を主のもとに戻すという親としての目的を果たしながら……。その後はためたお金を使いながら,何回も伝道に出て,60年間にわたり主から学ばせていただいたことで人々に奉仕するという人生が二人の理想だね」と田渕ご夫妻は互いに確認するように視線を交わす。

「(そのためにも)今,出会っていく人を大切にしながら,良い関係を築いて,主の光を輝かせて,『ああ,そういえば田渕さんも教会員だったな』って(思い起こしてもらう)。─何の根拠もありませんが,一所懸命頑張ってやっていれば,主が助けてくださって実現できると思っています。」

「この世では人それぞれに役割があると思います。全ての仕事は尊いものですし,それぞれの選びです。サラリーマンの方にも,自由意志を使って大成功をしている方はたくさんいらっしゃいます。今の世で,就職も厳しいと言われている中,起業家として仕事をすることは決して楽ではないと思われます。しかしながら,主の道を主に頼りながら,そして伴侶と協力し合いながら歩むことによって道を開く教会員もいます。起業をするという人は,特別な使命というか,役割があるような気がしています。」

田渕兄弟・姉妹のチャレンジはまだまだ続く。◆