リアホナ2013年3月号 「ワークリンク・女川センター」がオープン─教会の被災地人道支援の拠点として

「ワークリンク・女川センター」がオープン ─教会の被災地人道支援の拠点として

2013年1月7日(月),宮城県牡鹿郡女川町の高台にある仮設復興商店街「きぼうのかね商店街」の一角に,地元住民の方々への職業紹介を業務とする「ワークリンク・女川センター」が開設された。開所式当日は,須田善明女川町長をはじめ,副町長,教育長,町議会議員,商工会参事,など町のリーダーが一堂に集まり,同事務所に対する期待の大きさを感じさせた。広さは約90㎡,小学校の教室の1.5倍ほどのスペースに,求人情報を検索するパソコン4台,多目的利用できる部屋に30人分の机といす,さらにコワーキングスペース(共有事務所)と,個人面談用の部屋が2室準備されている。求人情報検索の利用者のみならず,この広さを生かして地域のコミュニティーや商工会等の会議などにも利用されている。

 教会は被災後の早い時期から女川町を支援しており,町の行政とも良好な関係を保ってきた。2012年の6月ごろからワークリンク開設に先立つ準備活動を始め,女川町内の公共施設を借りて仕事のためのパソコン教室などを提供してきた。その後行政の要望もあり,職業紹介所としての事務所を開設するに至る。職業紹介業務を主要な目的とするものの,この場所は単なる事務所ではなく,町のコミュニティーとなり,情報の集まる場所,また同時に発信する場所となりたいとセンター長の大沼覚兄弟は考えている。教育委員会からの要望で2月には落語寄席も開催した。最近では,隣接する石巻市などからも求人情報が集まる。

 このワークリンク・女川センターは,先に開設したワークリンク・久慈センター※1 の姉妹事務所で,運営ノウハウなどの情報共有をしている。パソコン教室をはじめとする事業,イベント等は無料で提供されている。教会の福祉の原則である「個人の自立」を目指し,被災した方々の経済的自立のサポートを行う。石巻市出身の大沼センター長はこう語る。「使命感というか,女川町の皆さんのために何かしたいという思い,地域が活性化してほしいという思いがあります。これまで女川町は,年に1回来るか来ないかという所でした。ところが昨年6月からパソコン教室を開催して,何回も来て,愛着がわいてきました。町の皆さんといっぱい触れ合って彼らの思いを知りました。今,アンモンのような気持ちでいます。ここに一生いてもよいというような,そのような気持ちが成功の鍵なのかな,と感じています。この地を思い,この地のために何ができるか考えて,それを行ったら神様は助けてくださるのかなと思っています。」東北地区マネージャーで仙台センター長の田中信吉兄弟も言う。「信仰ですね。今やっていることが主の道に照らして正しいと,信念をもってやっていけるかですね。」 

女川町は震災で非常に大きな被害を受けた町の一つで,その後,人口が毎月減り続けている。これに歯止めをかけるためにも地元に仕事が必要だという。被災後2年が過ぎ全

国的な関心も遠のく中,ここ女川町民にとっての震災はまだまだ現実の問題として大きく立ちはだかっている。津波にのまれた地域は瓦礫こそ撤去されているものの,残された宅地跡の土台が,消えてしまった町を強く意識させる。海岸近くには津波によって押し倒された鉄筋コンクリートの建物が幾つも当時のまま横たわる。それでも,この地に愛着を持ち,先祖代々住み続けてきたふるさとを離れ難い人々がいる。田中兄弟は言う。「頑張っている人はたくさんいますよ。でもまだまだですね。以前は水産加工業で働く人が多かった。しかし津波で職場がなくなってしまいました。仕事さえあれば自立した生活ができて,この土地にとどまることができるんです。必ずしも都市部でなければできない仕事ばかりではないはずです。電話でできる企業のコールセンター,カスタマーセンターや受注業務など,経営者の方には女川町という場所をぜひ(候補に)考えてほしいですね。」

 現在,震災復興事業で建築関連の仕事は一時的にはある。しかし,それが終了したときにはまた新たな仕事を提供していかなければならない。ワークリンクでは今後の長期的な支援策を考え続けている。◆