リアホナ2012年1月号 一番船で通う早朝セミナリー

一番船で通う早朝セミナリー

─福岡,博多湾に浮かぶ能古島で暮らす

渡邊楠子 姉妹 福岡ステーク藤崎ワード

福岡県福岡市早良区には「能古島」という離島がある。島へ渡る橋はなく,行き来する手段は船だ。渡航時間は約10分。始発は朝5時で1時間に1,2便が往復している。渡邊楠子姉妹はそこに住む中学3年生。今年の4月からセミナリーが始まった。

9月27日朝5時,辺りはまだ真っ暗で空には星が瞬いている。唯一照明が明るく浮き上がる渡船場に船が着き,船腹の扉が開くと,数名の人に混ざって楠子姉妹と父親の渡邊精郁さんが降りて来た。そのまま隣の駐車場に置いている車に乗り込み,セミナリーの行われる藤崎ワードへ向かう。車で15分ほどの距離に教会はある。教室に行くと教師の坂本正直兄弟が楠子姉妹を出迎えた。どうやら生徒は彼女一人のようだ。この日は三宅裕理ビショップのほかに数名の先輩姉妹たちが参加してレッスンが始まった。楠子姉妹を連れて来る父親は教会員ではない。毎朝早くに行われるセミナリーに対して「別に抵抗はないですね。こういうのもありかなと。喜んで来ているので,本人が楽しんで勉強になっているならいいんじゃないかと思っています。」その背景には母親の良枝姉妹の努力と楠子姉妹の姿勢が隠れている。

良枝姉妹は楠子姉妹を起こさない。「いろいろな人から(子供は)揺さぶっても何しても起きないということを聞いていたので,この人は小学校のときから朝起こさないようにしたんです。学校を遅刻しようがなにしようが朝『起きなさい』という声はかけないと。目覚ましをかけて管理しなさいと。」小さなころから訓練を受けてきた楠子姉妹は毎朝自分で起きて元気にセミナリーに通う。

セミナリーが終わると急いで教会を後にする。車を渡船場の駐車場に止め,島に戻る船に乗った。辺りはすっかり明るくなっており,楠子姉妹の住む能古島がどんどん近づいてくる。

家では母親と妹たちがにぎやかに朝の支度をしていた。楠子姉妹は5人姉妹の長女だ。下に小学6年生の栞之子姉妹,4年生の萌乃子姉妹,1年生の暖子ちゃん,3歳の瑚子ちゃんがいる。毎朝二人が帰って来ると家族そろっての朝食が始まる。静かな音楽が流れる中でおしゃべりをしながらの食事が終わると,楠子姉妹と妹たちは声をかけ合い,そろって学校へ出かけて行った。

美しい島と大好きな家族

楠子姉妹の住む能古島は博多湾に浮かぶ,4,5時間ほど歩くと1周することができるくらいの小さな島だ。島の端にある大きな公園は観光地となっており多くの観光客がやって来る。島の中腹には併設された小学校と中学校があり,『海っ子制度』という取り組みによって島の外から多くの生徒が通っている。島自体は高齢化と過疎化が進み若者や子どもは少ない。そんな島を楠子姉妹は「大好きよ。こんないい所はない」と言う。「(島の)自然が好きです。きれいな空気が。深呼吸したらすごくいい空気が入るし。歩いているだけで気持ちいいですもん。きれいな空が広がっているし,海も見えるし花もあるし。鳥や虫の鳴き声が聞こえて季節が感じられるし,学校の行き帰りとか楽しいです。一つ一つが絵になるじゃないですか。」「寝ているときに波の音が聞こえるのはすごく気持ちがいい。ざーって波の引く音が聞こえて気持ちいいです。お月様もきれいに見える。星も。セミナリーに行くとき,今暗いじゃないですか。ぱっと上を見たら星が光っててすごくきれい。」「いちばん好きな風景は夕方の空。風が吹いているちょっと薄暗いときの空が好きです。周りに森もあってその中に(この)景色があったらきれいです。別の世界にいるみたい。」楠子姉妹は目を輝かせ,満面の笑みで誇らしげに島の魅力を語る。その風景を見ながら神様に思いをはせる。「想像を超えているなと思います。どうやってこんなきれいなものを何もないところから造り上げられたのかなって。感動しますね。」生活や環境の中に主の存在や力を感じ心を動かされている。

楠子姉妹は家族の中にも主を感じることがあるという。「ここちゃん,いちばん下の妹を見ているときにたまに思います。赤ちゃんって別に何もしていないですけれど見ているだけでこっちも笑顔になるじゃないですか。イエス様もきっとそんな人なんだろうなみたいな。何もしないでも笑顔を与えてくださる人なんだろうなって。(イエス様が)そこにいらっしゃるだけで笑顔になれる,悩みとかも小ちゃくなるんだろうな,何でもちっぽけに思えてくるんだろうなって。」

渡邊家は家族仲がいい。きょうだいげんかもするが「わたしだけが叱られることはないです。悪い方が叱られるから。5人姉妹は楽しいです」と楠子姉妹。ご両親についても「夫婦げんかを見たことがないです。」それに対して母親の良枝姉妹は「けんかのしようがないですよね。彼は穏やかですから。(子供のことで)わたしがいらいらするじゃないですか。すると『なんでそんなことでいらいらするんだい? みんないい子じゃないか』って言うんです。だからけんかにならないんですよ。彼はものすごく懐が広いんです。」その広さを楠子姉妹は「海です! 海です!」と表現する。精郁さんは改宗こそしていないが,毎日家族とともにお祈りをし聖典を読む。安息日には7人そろって教会に行く。「父親が家の中心にいて,彼が決定したことには従うというのがあるのでいいと思います」と言う良枝姉妹の言葉に「お父さんは我が家の大管長です!」と楠子姉妹。「家庭を天国にする」という,教会員が切望する家族の姿がそこにあった。

お気に入りの場所で大好きな家族とともに暮らす楠子姉妹には二つの願いがある。大好きなこの島に両親がずっと住み続けてくれること。「子供ができたときに,『ここがおばあちゃんちだよ。わたしの故郷はここだよ。ここで育ったんだよ』って帰って来たい。」そしてもう一つは父親がバプテスマを受けてくれること。「永遠の家族になれないから受けてほしいかなと思うけれど……。もっと自分たちが熱心に模範にならないと,今のままだったら改宗はしてくれないかなと思うので。模範になれるように務めるしかないかな。」

セミナリーからもらう元気

夕方,最初に帰って来たのは小学生組の栞之子姉妹,萌乃子姉妹,暖子ちゃんだ。お父さんの作ってくれたブランコで遊び,庭になっているヤマブドウの実を摘む。栞之子姉妹は木に登って昼寝を始め,日が落ちるまで降りて来なかった。少ししてお母さんと瑚子ちゃんが帰って来る。そして楠子姉妹。お母さんが夕飯の支度をしているうちにお父さんも帰って来た。

妹たちがお父さんを迎えて居間にゆっくり落ち着くころ,「─セミナリーはすごいですよ」楠子姉妹が静かな声で話し始める。「何か少し自信が持てました,教会に。福音を恥としているじゃないですけれど,ちょっと恥ずかしかったりしたから。何だろう……きっかけがあって『それ何?』って聞かれたときに教会のことをちゃんと,『こういうことがあって,イエス様がいて』っていうのを話す勇気がなかった。何か恥ずかしかったです。」「どう思われるかなって。まず,自分が完璧に話せる自信もなかったから,間違ったことを言ってたらどうしようとか不安もあって。」セミナリーで福音を学ぶことにより,周りの人に「話せるかもしれない」と思うようになった。

さらに「セミナリーを受けて学校に行くと安心します。セミナリーで元気もらって学校に行きます。行かないと不安です。セミナリーに守られていると思います。お祈りして歌って,セミナリーを受けて,歌ってお祈りして終わるっていう。セミナリーの教師もちゃんと信仰を持っている方だからこっちもパワーもらって『よし,頑張るぞ』って。」「セミナリーを受けてちょっと変わったかなって。態度で分からないかもしれないけれど。ちょっと高められたかなって」と楠子姉妹は少しはにかみながらほほえんだ。

船に乗って通うセミナリーの1年目が終わった。楠子姉妹は大好きな家族と大好きな島で主を感じながら冬を過ごし,春には再び潮風を受けてセミナリーに通うだろう。◆