リアホナ2009年7月号 BYUウィンドシンフォニー,日本ツアーを成功裡に終える

BYUウィンドシンフォニー,日本ツアーを成功裡に終える

ブリガム・ヤング大学(BYU)ウィンドシンフォニー(吹奏交響楽団)のメンバー48人が来日し,5月15日から,東京,横浜,仙台,名古屋,大阪でコンサートを開催した。BYUウィンドシンフォニーは,過去20年間でカナダ,イギリス,香港,台湾,中国,ロシア,フィンランド,バルト諸国,オーストラリア,ニュージーランドで公演ツアーを行っている。指揮者のドン・L・ピーターソン教授の指導の下,韓国と日本でのコンサートの準備をしてきた学生たちのほとんどは,演奏,作曲,音楽教育など音楽の学位を得るためにBYUに通う学生で構成されている。

今回のコンサートは,アルマ・O・テーラーによるモルモン書の日本語訳発刊100周年を記念するイベントの一つとして開催された。コンサートでは,記念の年を祝して,教会員にとってなじみ深いモルモン書に関する3つの楽曲と賛美歌(「ニーファイのように」,「長き沈黙破りて出 づ」,「『モルモン書』の物語」)が一つの曲に編曲された「長い沈黙が破られる」も披露された。

今回の公演ツアーでは,各地での学校訪問や教会員との交流が計画されていたが,新型インフルエンザ流行の報道を受けて,仙台と大阪での学校訪問,大阪でのファイヤサイドが中止となった。しかし,コンサートの傍ら訪問した新潟では東京佼成ウインドオーケストラ(1960年に立正佼成会附属の吹奏楽団として結成)との交流会が開催された。BYUウィンドシンフォニーと東京佼成ウインドオーケストラの関係者は過去数年にわたり,互いに訪問を行い,良好な関係を築くための活動が行われている。

大阪公演では,特に新型インフルエンザによる報道が過熱し,一般の各種行事のキャンセルが続く中,公演の開催が危ぶまれ,開催が最終的に決定されたのは公演数日前のことだった。会場では,来場者のために消毒用アルコールジェルや観客全員分のマスクも準備された。重苦しい雰囲気の中で始まったコンサートだったが,BYUウィンドシンフォニーが最初に演奏した曲目「マスク」を皮切りに,韓国と日本での公演ツアーの締めくくりにふさわしい力強い演奏が続いた。会場には「アリラン」と「赤とんぼ」によって構成された曲の編曲者である北朝鮮出身のチャン・ス・コ氏も急遽訪れ,指揮者や関係者と感動の対面が実現した。

指揮者のピーターソン教授は,突発的な出来事が多発した公演を振り返り次のように語った。「ほとんどの学生は日本へ来るのは初めてです。しかし,全員がまた日本へ戻って来たいという気持ちになっています。日本の教会員の皆さんが,わたしたちのために心を込めて準備をし,とても親切にしてくださったことに感謝しています。わたしたちにとって忘れることのできない経験になりました。だれもが感動を共有できる演奏が行えたと強く感じています。」

BYUウィンドシンフォニーのメンバーは帰国当日の5月25日に大阪市庁舎を訪れ,平松邦夫市長と足高將司大阪市議への表敬訪問を行った。インフルエンザ対策等で多忙を極める平松市長であったが,BYUの学生たちを歓迎し,予定を大幅に越える歓談となった。平松市長は「過去にBYUのヤングアンバサダーズや,BYUハワイの合唱団の学生たちが訪問してくれました。才能に恵まれた皆さんのようなすばらしい方々が大阪を訪問してくださることは,わたしたちの喜びです。インフルエンザの影響で,いろいろと不自由を感じたかもしれませんが,わたしたちは心から歓迎しています。また,ぜひとも大阪を訪問していただきたいと思います」と一人一人の学生に語るようにメッセージを伝えた。迎えてくれた平松市長に感謝を込めて学生たちが全員で「安らかに」という歌を披露する際,歌詞の朗読を平松市長が自ら行いたいと申し出る一幕も。元アナウンサーの平松市長が詩を感情豊かに朗読し,その後,学生たちによって歌が披露された。厳かな雰囲気と感動的な歌声によって会場が包み込まれるようだった。

3週間に及ぶ韓国と日本での公演ツアーに携わった人々への感謝と,多くの思い出とともに,学生とスタッフは関西空港から帰国の途についた。◆