リアホナ2007年7月号人生の選択肢を広げる──若いとき懸命に学ぶことの意味

人生の選択肢を広げる──若いとき懸命に学ぶことの意味

教会教育システム 金城寛 ディレクター

教会教育システム 金城寛 ディレクター

教会が経営する大学,ブリガム・ヤング大学(BYU)本校(ユタ州プロボ),ハワイ校,アイダホ校,LDSビジネスカレッジなどは,セミナリー・インスティテュートを開講していることで知られる教会教育システムによって運営されている。日本における教会教育システムの責任者であり,BYUハワイ校へ入学する留学生をサポートする責任もある金城寛ディレクターに,留学に当たっての心構えなどを伺った。

「留学するためにはビショップの推薦とステーク会長の推薦が必要です」と金城兄弟は話し始める。教会の大学への入学願書をインターネットを通じて提出できるウェブサイト「Be Smart」(本書13ページ参照)から出願手続きを始めると,まずHoner Code(教会の標準に基づく学生の行動指針)に従うことを誓約するページが出て来る。「成績が良ければいいとか,英語ができればいいとかいうだけではなく,やはり教会員として本来,期待されていることを着実に実行しているかが問われます。ふさわしさを保つ,セミナリーやインスティテュートに登録して熱心に福音を学ぶ,あるいは安息日には教会に出席して聖約を毎週新たにする,そういうことは前提条件です。この前提がない場合はどんなに成績が良くても入学が認められないことがあります。」(右ページ参照)

学生が気になる英語の面ではどうだろうか。「最近はTOEFLの入学基準点が高くなってきました。ですから,高校に入学したら,できるだけ早い時期から準備を始め,英語の力を伸ばす必要があります。高校を卒業してすぐに入学できれば,それにこしたことはありません。しかし準備を始めるのが遅いと,高校卒業からBYUハワイ入学までに時間がかかってしまいます。これまでの傾向を見ると,準備を始めてからTOEFLの入学基準点をクリアするまでに,1年から1年半かかる生徒は珍しくありません。」

留学を実りあるものにするには?

「行くのであれば,ほんとうに目的を明確にして行った方がいいと思うんですね」と,BYUHの卒業生である板倉陽子姉妹は語る。「わたしは,やっぱり英語が好きで,英語を教えたかったので,TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages:外国語としての英語教育)という学科に行きたかったんです。」将来は自分でクラスを開いて教えるのが夢だという。吉田恵太郎兄弟の例にもあるように,「自分が何をしに来ているのか」が明確であるほど高い学習意欲が持続するのは確かだろう。板倉姉妹は高校3年の初めに留学を決意し,受験勉強の代わりにTOEFLテストの準備を重ねたという。

BYUハワイでは出願条件を満たして入学しても,留学生はほぼ全員がEILと呼ばれる英語クラスで勉強する。(本誌8ページ参照)テストによる能力別クラス編成がなされ,このEILをクリアしないと一般の授業を受講することができない。「TOEFLの点数を考慮してくれたのか,よく準備していくと上の方のクラスに入れるんですよ。(板倉姉妹)」入学基準の英語力はあくまで最低ラインであり,一般の授業にはさらに高い英語力が必要とされる。

「(EILの)成績次第で,いつから一般のクラスを受講できるか決まります。EILを修了するのに,ある人は1セメスター(学期),ある人は2セメスター,ある人は1年ないし2年かかったりします。日本人は比較的時間がかかるようです。(金城兄弟)」

板倉姉妹はTESOLの実習でEILのクラスを教えたことがある。「そのとき,日本人の割合がすごく多かったので(今はもっと増えていると思いますけど),やっぱり日本語が飛び交っちゃうんです。」金城兄弟はこう助言する。

「向こうに行ったら教会の活動に活発に参加することです。同じ年代の友達をたくさん作って,積極的に話をするのがいちばんです。日本人同士固まるのではなく,英語を母国語とする人々,あるいはそれ以外の国の人たちと,積極的に交わることが大切です。」

ちなみに,EILを大学入学後の正式なカリキュラムの一環と位置付けているのはハワイ校だけである。BYU本校などでは,英語教育は大学から独立した別のプログラムとして実施されている。

ハワイ校は建学の理念に基づき,積極的に留学生を受け入れて国際的な学習環境を形成している。板倉姉妹はこう振り返る。「いろいろな国の人と出会えました。それはほかの所ではあまりできない経験かなあ。それから,ポリネシア文化センター(BYUHに隣接する教会経営のテーマパーク)やキャンパス内で働けたことも,やっぱりお金の面で助かりました。(経済的にも経験としても)よかったですね,両方。」

教会の大学で学ぶことの意義

金城ディレクターは,BYU本校の大学院に40代になってから家族を連れて留学し,経営管理学を学んだ。「経営管理学というのは要するにビジネスですよね。しかしビジネスの勉強をしながら,教授の側にも生徒の側にも,そのベースに福音があるわけです。ビジネスというのは決してお金を追いかけるだけのものじゃない。ケーススタディを通してビジネスモデルについて話し合ったりするときにも,福音をベースにしたビジネスの進め方を学ぶことができるんです。それはビジネスに限らずほかの学問も一緒だと思いますが,BYUではまず最初に福音があって,そのうえでわたしたちがどのように社会に貢献できるかということを学ぶことができます。それはほんとうにすばらしいことでしたね。」──教授によっては祈りで授業を始める人もいるという。時には講義の中で教義と聖約やモルモン書の聖句が引用されることもある。

「仕事上の倫理観について学ぶクラスを取りましたが,そこでは聖句を根拠にして,ビジネスマンとしていかに正直であるべきか,などについてディスカッションしました。仕事上の倫理観を身に付けた経営者やビジネスマンを輩出する大学というランキングで,BYU本校は全米2位にランクされたことがあります。1位はエール大学。BYU出身のビジネスマンは正直で信頼できるということが,社会的に認められているということです。」

ここでは,経済活動をはじめとする職業経験も含め,人生のすべての要素を永遠の価値観に立脚して眺める視点が身に付くのである。

「BYUは,いわば学校全体が教会員の集まりです。そのような環境にいると,無意識のうちに信仰や証が強められます。そこで勉強すると,教会員が少ない日本に戻っても,自分の信じている事柄が非常に多くの人々に支持されている確固たるものなんだ,ということを忘れることがありません。そのような自信をもって社会に出て行くことができる。それはすばらしいことだと思います。」

金城兄弟は,小学生の娘を二人連れてBYU本校へ留学した。娘たちがそれまで通っていた小学校には数人の教会員しかいなかった。「ところが,プロボに行くと,街全体が教会員なんです。学校に行くと,友達もみんな教会員。先生もみんな教会員。ある小学校の先生は,学校でひとりが賛美歌を歌いだすとほかの子供たちも歌いだすので,まるで初等教会のようだと話していました。こんなにも多くの人が当たり前のように福音を信じているということを肌で感じて帰って来ると,それは子供たちにとって大きな守りになると思います。自分たち姉妹だけしか教会員がいない環境の中に再び放り込まれても,福音を恥じるという発想がありません。同様なことが,教会の大学で勉強して帰って来る人たちにもあるはずです。教会ってこんなにすごいんだ,と無意識のうちに理解して帰って来られるというのは,目に見えませんが力になると思います。」

“自分探し”に悩む前に

「自分のやりたいことが分からなかったり,自分が何に向いているのか分からなかったりするときは,とにかく自分の目の前にあるものを一所懸命やればいいと思います。」金城兄弟は自らの経験を基にそうアドバイスする。「中学生や高校生のときから自分の目標をはっきり定めて努力できるならほんとうに理想的です。それができる人たちを尊敬します。しかしわたし自身は,高校生のときに,将来に対する明確な人生設計を持っていたわけではありませんでした。ただ,目の前にある課題にはまじめに取り組みました。これはやってみたい,これならできそうだ,これだけはやらざるを得ない,と思うことを,手を抜かず一所懸命やっていれば,その中から必ず何か次のヒントが見つかります。それを捕まえて,次のステップに進むんです。」

金城兄弟の経験はこうだ。「大学では日本語学を専攻しました。それから伝道に出て,帰還後は新聞記者として働きました。大学院では経営管理学と組織行動学を勉強しました。これらの経験は,一見,何の脈絡もないように見えますし,実際そのときは自分でもそう思っていました。しかし,振り返って考えてみると,結局はすべてが現在の仕事に役立っています。」──金城兄弟は今,教会教育システムで教え導く仕事に携わっているが,最初に教師になりたいと思ったのは大学生のときだったという。「当初は国語の教師になりたいと思ったものです。しかし伝道に出て,その希望が,単なる教師から福音を教える教師へと修正されました。大学時代に尊敬する教授から,古典を学ぶときはこうして作者の意図を読み取るんだと繰り返し訓練されたことは,聖典を読みながら預言者の意図を推し量るのに非常に役立っています。」

とはいえ,最初から教育システムの仕事に就けたわけではない。「最初の仕事は地方紙の記者でした。記者が天職と自負する同僚たちの中で,自分自身は適職とは感じても必ずしも天職とは感じられない仕事でそれなりの実績を残すには,つらいことの方が多かったように思います。しかし記者として多くの情報の中から最も大切なものを公平な立場で選び出す訓練は,現在の仕事にとても役立っています。大学院での経験も同様です。ほんとうは組織行動学に興味があって留学したのですが,そのためには経営管理学全般を学ぶ必要がありました。英語で勉強するのは骨が折れるので,あまり興味のない分野は避けて通りたかったのですが,実際にはしぶしぶ履修したクラスが自分の仕事の幅を広げるのにとても役立っています。

一見,それぞれは脈絡のない経験のように見えますが,神様には,この人にはこういう経験をさせれば最終的に役に立つ,という計画があったのかもしれません。そのような計画を,神さまはすべての人のために用意されているのではないでしょうか。ですから,将来の目標を定めかねている青少年のみなさんも,とにかく目の前にある課題に一所懸命に取り組めば,その過程で自分の進むべき道についてのヒントが見つかり,道が開けてくるのではないでしょうか。」

「人は皆,自分の置かれている状況で選べる選択肢に限りがあります。その幅が広い人もいれば狭い人もいます。現在ある選択肢の中に,納得できるものはまだないかもしれません。しかしよくよく考えて,これが少し近いかな,と思うものを選び,それを一所懸命やってみる。そうすれば関連する知識なり経験なりが身に付いてきます。するとその過程で自然と選択肢の数が増えてくると思います。目の前のことをこなしていって,そこで学べることを十分に学ぶことが,結果的に,自分の人生の選択肢を押し広げ,より自分に適した方向性を見いだすことにつながるのではないでしょうか。目標を設定するのに出遅れていると思う人でも,落胆しないで,神様と相談しながら今いる所から始めることができます。神様の力を借りれば,人生に遅すぎることは決してないと思います。」◆